文というのもなかなか気恥ずかしいものですが、落ち着き先が決まったので報告します。 俺はいま木原家にお仕えしています。久吉様と木原の若君に交友があっただろう。そのつてで奉公させて頂いている。友人もできた。俺にしては上手くやっているよ。 おらんと加賀の方々の息災を心から祈っている。 千一 まったくあなたは何が上手くやっているですか。先日木原が太田についたとか。太田と我が加賀が一触即発の間柄だって忘れたわけではないでしょう。これで加賀と木原はあっというまに敵同士。おかげさまでこの文だって余計な手間を回して送らねばなりません。 乱世の習いとはいえ腹が立って仕方が無いわ。 あなたも奉公先くらい少しは考えてほしいものです。 私も誰も大事ありません。山井の正次兄も元気だそうです。 蘭 俺だってまさか木原が太田に従うことになるとは思っていなかった。 考えが浅いと言われればそれまでかもしれないが。 恩有る加賀とたとえ形の上でも敵対なんてぞっとしないが、でもここを去る気にもなれないんだ。 ののしってくれてもかまわない。でもこれだけは伝えておきたかった。 できれば山井と太田の間に戦などないことを願っているよ。 千一 驚きなさい千一、なんとわたしと太田の太郎君の縁組が持ち上がっています。まだ本決まりではないのだけれど、まあわたしが暴れなければ決まりでしょう。 ああそうだ、ののしったりはしません。きっといい仲間ができたのでしょう。人付き合いのうまくないあなたがそこまで言うのだから。大事にしなさいよ。 若君はどのような方なのでしょう。良い方なら出奔しなくてすむのですが。 蘭 どうしてそのようなことになったのか俺にはよくわからないが、とにかく太田との同盟は加賀に利あることなのでしょう。この度はおめでとうございます。 三日前に太田の屋敷に来ていたそうですね。仲間から聞きました。彼が言うには、垣間見した姫君はそれはたおやかで儚げな、花でいうなら紅牡丹のような美女だったそうだが、それは間違い無く楓だろう。 若君とは一度お話したことがあります。誰にも分け隔てない気さくな方だった。家中の者の信頼も厚い大変立派な方だ。おらんにはこれ以上無い良縁だろう。よかったな。 縁組が決まっているのに文のやり取りは外聞が悪いでしょうから、今後は楓あてに送ります。 千一 余計な気を使わなくてもいいのに。でも確かに気にする人はいるでしょうから、そのようにして頂戴。楓も了承しています。 それにしても、楓と決めつけるなんて失礼ね、わたしのことかもしれないじゃない、と言いたいところですが、それはさすがに楓だわ。まったく侍女が主人より目立つなんて。楓と乳姉妹であることを恨みたくなる。 若君とは文のやりとりと、あと三度お会いしました。わたしも初めは猫かぶっていたのだけど、あっという間に見破られてしまった。その後は打ち解けていろいろなお話をしました。じつは一度手合わせもしたのです。これはうるさがたには秘密ですが。 とてもびっくりしているの。こんなできた方世の中にいるとは思ってなかったから。 祝言は半年ほど後になりそうです。 楓が一筆書きたいとか。それでは。 蘭 千一さま 祝言ののちはぜひわたくしをお訪ねください。加賀の方々の近況などお伝えしたいこともございます。その際はご友人もご一緒に。不慣れな土地ですから顔見知りができるとうれしいので。 楓 先日若君にお会いしました。俺が加賀に居たとお聞きになったのでしょう。 たいした話はしていませんが、なぜか楓の話題で盛り上がっていたような。 でも勘違いしないでほしい。若君が楓に気があるわけではなくて、俺の話す楓の武勇伝を面白がっていただけだから。 若君はらんを好いているようだったよ。話していて確信した。おまえは幸せになれる。俺はそれを願っている。 千一 楓へ 訪ねるのはいいが連れてく奴見繕うのが気が重い。へたなの連れていったらおまえに文句言われそうだ。一応何人か目星はつけておくが、期待はするなよ。できれば自分で釣ってくれ。 もう知っているでしょうが太田の若君が落馬して亡くなられました。 同盟が解消されたわけではありませんが、わたしは宙ぶらりんです。 次郎君と、という話もあるようですが、何せまだ四歳であられるし。 これからどうなることやら。あまりのことに呆然としています。 やっとあなたに会えると思ったのに。 落ち着いたらまた連絡します。 蘭 それがおらんからの最後の文だった。 |