リーンゴンカーンゴー……ン 四限の終わりのチャイムが鳴った。 なんでか自習だったのでちょっと前に抜けてパンを買いに行っていたのだが。 「……っしょの高校受けたなんてちっとも聞いてなかったんだけど」 「そう言うなよ。これでも頑張ったんだから」 「はいはい。あ、ミチヒロくんお帰りぃ」 三秒くらい、間が在った気がする。 「おい春花」「おい初井」 「「こいつ、何」」 「……で、ミチヒロくん、これは三津屋隆。家が近所なんだよ。腐れ縁ってやつ」 「幼馴染相手にこれか。ひどいなあ」 「……ふーん」 机にパンと弁当と弁当ひろげて、まず始まったのは春香によるお互いの紹介だった。 仲良さそうな二人だ。幼馴染っていうのはそういうものだ。しかし、 「初井、お前、知り合い居ないって言ってなかったか入学式」 なーんだ仲いい奴いるんじゃーんという皮肉のつもりだったのだが思いっきり真面目に打ち返された。 「そう!そこなんだよ!こいつ西浦受験したのも合格したのも言わない上に入学式の前に事故って入院してやんの馬っ鹿でしょ!」 「ばっ、馬鹿とか言うなよ!驚かせたかったんだよ」 そういって三津屋はむくれたけれど浮かれているようにも見えた。 久々に春花に会えて嬉しいのだろうきっと。 かといって道尋を邪険にするわけでもなく。 いい奴だなあ、と思った。自分とは正反対だとも。 だいたい見た目からしてそうだ、スポーツ万能系さわやか好青年、なんて。 ぼけっとパンを咀嚼していると、ふと気付いた。 視線。 顔を上げると目が合った。三津屋に凝視されていた。彼は言った。 「なあ、おれたちどっかで会ったことないっけ」 「……ナンパ?」 睨まれた。春花はくすくす笑っている。 「あほか。そうじゃなくて本当に」 「茶化したのは悪かった。だけどこっちはまったく覚えがないんだけど」 まるで心当たりが無いのだ。三津屋みたいに印象の強いやつそう忘れるとは思わないのだが。 視線がもう一度絡んだ。探るような強い視線。 ……あれ。 この感じ、どこかで。 手繰り寄せて細い細い記憶の糸を、糸? ちくちくと、不器用にあれは―― 「ああぁーっ!!」 三津屋が勢い良く立ち上がった。あともうちょっとで思い出せそうだったのに、おかげで吹っ飛んでしまった。それにしてもあれはいったい……。 「思い出したのか?で、どこで会ってたって…、がっ」 いきなり襟首を掴まれた。 「な、なにすんだよっ!」 「嘘嘘嘘だと誰か頼むから言ってくれ……」 聞いちゃいねえ。文句をつけようとしたらそのまま廊下に引っ張られた。 「隆!」 「ごめん春花ぁこいつ借りてくあーもうやってらんねえよ」 こちらが抵抗するのも気に留めずなにやらぶつぶつ呟いて歩いていく。人気の無いところに辿り着くといきなり壁に叩き付けられた。 「痛ぅ…っ、てっめえ何のつもりだ!説明しろっ」 かっとなって怒鳴ると彼はしまったとでも言いたげな顔をした。 「……こいつが気付いてないんなら白切っとけば良かったじゃんかオレの馬鹿ー」 あーとかうーとか単語未満の唸り声を発して頭を抱える三津屋、本当になんなんだ。 「いまさら誤魔化そうったってそうはいかねえからな……」 自然声が低くなる。すると三津屋はとても――懐かしいものをみたような顔をした。 「全然違うと思ったのにそういうところは変わらないんだな」 「は、だからてめえは」 「あーもうこうなったら仕方ないよなあ」 一瞬渋面を作って、でも途端に自棄になったみたいにあかるくこちらの言を遮って、言った。 「おらん」「は」 なに……なんだって? 「加賀の蘭。わかる?『千一』」 「お、らん」 あ。 『……おい、それならおれがやったほうがマシなんじゃないか』 『何言ってんのよ阿呆。あたしより不器用なくせに。よしっ、できた』 『まあ着られりゃいいんだけど……、あーあそんなにぶっ刺して。ほら、手ぇだせ、おらん』 『はいはい。ありがとう、千一』 おらんおらんおらん、於蘭。……え。 「なんだってえぇぇぇぇっ!」 今度は俺が彼の襟首を掴む番だった。 「ちょ、ちょっと待てお前、い今なんて!?」 「だからぁ、……あーあんまり繰り返して言いたくないんだけど」 薄ら笑いで遠い目を。何故そこで頬を染める。ぶん殴ってやろうかと思ったけれど、できなかった。 気付いてしまった。まいった、こいつは確かに――おらんだ。 「嘘だろぉ。こんなのって、ありかよ……」 まったくだ、と頷く三津屋にはたいそうむかついたが、もうどうにでもしてくれってかんじだった。 |